家族の方へ:意思能力が争点になり「遺言が無効」と判断された裁判例に共通すること——判例に学ぶ“揉めない準備”

「遺言があるなら安心」——そう思いたいのは自然です。
でも現実には、遺言があるからこそ争いが先鋭化し、**“作った時点で本人に意思能力(遺言能力)がなかった”**として、遺言無効が争われることがあります。

そして裁判になると、家族がつらいのはここです。

  • 「普段はしっかりしていた」は、証拠としては弱い
  • 争点は“内容”より **“作成時の状態とプロセス”**に寄っていく
  • その材料(記録)が残っていないと、家族は説明に詰まる

この記事では、家族の方向けに、意思能力が理由で遺言が無効と判断された裁判例に共通しやすいポイントを、判例の考え方(裁判所がどこを見るか)として分かりやすく解説します。
※特定の事件番号・裁判年月日を列挙する形ではなく、複数の裁判例で反復して現れる“典型パターン”としてまとめます(正確な個別判例の引用が必要な場合は、弁護士が判例DB等で提示するのが確実です)。


担当医師について(背景)

私は回復期病棟で高齢者診療・認知症診療に従事し、ご本人・ご家族を交えた意思決定支援に携わっています。

臨床では、意思決定は「能力」だけでなく、体調・疲労・睡眠、痛み、薬、不安、難聴などの伝達条件、同席者の影響といった“条件”で揺れます。
相続・遺言の場面でも、この条件が整わないまま進むと、あとで“疑い”が育ちやすくなります。


1) そもそも「意思能力で遺言が無効」とは(ざっくり)

裁判で問題になるのは、遺言を作った当日に本人が

  • 遺言の意味を理解し
  • 自分の財産と相続人(だれに何が影響するか)を理解し
  • 自分の意思で内容を決められたか

という点です。

ここで重要なのは、診断名(認知症など)があるかどうか“だけ”ではなく、作成時点で、遺言という行為に必要な理解・判断ができたかが問われることです。


2) 判例で繰り返し出てくる「裁判所が見る材料」

裁判所は、だいたい次の材料を組み合わせて判断します(一般論)。

  • 医療記録(診療録、看護記録、入退院経過、せん妄の記載、服薬状況)
  • 要介護度や生活状況(通帳管理、金銭管理、見守りの程度)
  • 作成当日の状況(時間帯、体調、疲労、痛み、睡眠、環境)
  • 遺言作成のプロセス(誰が段取りしたか、同席者、説明と確認のされ方)
  • 遺言内容の特徴(極端な偏り、従前の言動との不整合が大きい等)
  • 自筆なら筆跡・署名・文面の自然さ(急な変化や不自然さが争点化しやすい)

つまり「病名」よりも、状態+当日の条件+プロセスがセットで見られます。


3) 意思能力で無効になりやすい“典型パターン”(判例に学ぶ)

以下は、実際の裁判例で繰り返し問題になりやすい型を、家族向けに噛み砕いたものです。

パターンA:認知症が進行しており、日常の金銭管理・理解が弱い

たとえば、遺言作成の前後で

  • 通帳管理や支払いが自力でできない
  • 会話はできるが、内容理解が保てない
  • 同じ話を繰り返す、見当識が不安定
    といった事情が積み重なると、「遺言の意味理解」自体が疑われやすくなります。

ポイントは、家族が「会話できていた」だけで押し切ると、後から弱いことです。
裁判では“会話の成立”より、具体的な理解の痕跡が問われがちです。

パターンB:入院・感染・術後などで“急に別人”に見える(せん妄など)

臨床では珍しくありませんが、急性の体調悪化や環境変化で

  • 注意が続かない
  • 話がかみ合わない
  • 夜に悪化する
  • 不安・興奮・幻覚様の訴え
    が出ることがあります。

この状態の時期に遺言を作っていると、たとえ普段しっかりしている人でも「当日は成立していないのでは」が争点になりやすいです。

パターンC:薬・痛み・不眠・不安で「うん/任せる」が増える(伝達条件の崩れ)

裁判例でも、医学的評価そのものより実務上は

  • 眠気が強い
  • 疲労が強い
  • 痛みが強い
  • 不安が強い
  • 難聴で説明が入っていない
    などで、本人が「任せる」「どうでもいい」「うん」となっていく状況が問題にされがちです。

争点は「能力がゼロか」ではなく、**“本当に理解して選べた場だったか”**に寄ります。

パターンD:特定の家族の関与が強く、プロセスが“誘導”に見える

裁判では、次が揃うほど疑いが育ちます。

  • 段取りを一人の相続人が握る
  • 作成時にその人が同席し続ける
  • 本人の言葉がほとんど残っていない
  • 内容がその同席者に有利

家族が良かれと思って動いた結果でも、後から見ると「誘導構図」に見えることがあります。

パターンE:自筆証書で、筆跡・文章の不自然さが争点化する

自筆の場合、形式面だけでなく

  • 文字が極端に震える/普段と違う
  • 文体が本人らしくない
  • 訂正が不自然
    などが“疑いの入口”になりやすいです。

4) 家族ができる「揉めない準備」——裁判の土俵に上がらないために

意思能力で争われるリスクをゼロにすることはできません。
でも、揉めにくくするために、家族ができる準備はあります。

準備①:「その日」を選ぶ(時間帯・区切り)

  • 本人が安定する時間(午前など)
  • 30分×複数回で疲労を避ける
  • “今日は結論を出さない回”を作る

準備②:同席を設計する(同席圧を下げる)

  • 原則、最小人数
  • 声の大きい人がいるほど人数を絞る
  • きょうだい全員同席は“共有回”に寄せる(決めさせない)

準備③:伝達条件(聞こえ・説明・理解確認)を整える

  • 1テーマずつ短く
  • 「分かった?」ではなく「あなたの言葉で言うと?」
  • 重要点は紙に短く書いて“見える化”

準備④:プロセスを残す(争うためではなく、争わないため)

後から効くのは、立派な文章より

  • どんな条件で(時間帯、同席、体調)
  • どう確認したか(本人の言葉、理解確認の方法)
    という説明材料です。

当室が担えること(家族向け)

当室では診断や治療、法律判断は行いません。
紛争予防の観点から、**「意思が表れやすい条件整理」と「面談整理(情報整理・文書化)」**を行います。

  • 体調・睡眠・痛み・薬・不安、難聴などの伝達条件、同席圧を含めた条件整理
  • 本人の言葉が出やすい面談条件の設計(時間帯、区切り、同席設計)
  • 後から説明可能な形での面談整理(情報整理・文書化)

※具体的な遺言の文案・方式選択・手続は、司法書士・弁護士等へご相談ください。


まずは書面での事前スクリーニング(おすすめ)

「まず論点と条件だけ短く整理したい」という場合は、書面完結の事前スクリーニングをご利用いただけます。
(納品:A4 1〜2枚PDF/標準5営業日)

家族の方:お問い合わせ(家族)

ご相談(対面/オンライン)

当方の対応は以下のとおりです。

  • 対面:京都・大阪近辺を中心に対応
  • オンライン:全国対応(内容により)

「まだ遺言内容が固まっていない」「何が不安なのか整理できていない」という段階でも大丈夫です。状況を伺ったうえで、進め方をご提案します。


注意

本記事は一般的な情報提供であり、医療行為(診断・治療)や法律上の個別助言を行うものではありません。個別の状況により適切な対応は変わります。

著者情報

回復期病棟で高齢者・認知症診療に従事する医師。生活に直結する意思決定支援の経験を踏まえ、相続・遺言の場面で「意思が表れる条件整理」と「面談整理(紛争予防のための情報整理)」を行う。著者情報はこちら

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