遺言作成前に不安になる「意思能力」とは?—医師が関与すると何が変わるか

遺言や家族信託を検討するとき、「意思能力(意思決定能力)が心配」というご相談はとても多いです。
この不安の本質は、単に“認知症かどうか”ではなく、後から「その時、本当に本人の意思だったのか」を争われないかという点にあります。

私は回復期病棟で高齢者診療・認知症診療に従事する医師として、平均年齢80歳前後の患者さんを日々診療しています。普段はご本人とご家族を交えて「自宅に帰るか、施設に入所するか」など、生活に直結する意思決定の支援も行っています。
その際に私が大切にしているのは、ご本人の認知機能(理解・記憶・注意、意思の一貫性など)を丁寧に見立てたうえで、ご本人の価値観とご家族の意見・生活背景をすり合わせ、現実的に実行できる選択肢を一緒に組み立てることです。

その経験を踏まえ、相続・遺言の場面でも「本人の意思がきちんと表れる条件」と「後から争点になりやすい点」を事前に整理することを大切にしています。この記事では、医師の視点も踏まえて、意思能力の考え方と、医師が関与すると何が変わるのかを一般論として整理します。


意思能力は「病名」ではなく「その時点の機能」で考える

意思能力は、ざっくり言うと次の力の組み合わせです。

  • 理解:何を決める手続きか分かる(遺言とは何か等)
  • 認識:家族関係や財産の大枠を把握できる
  • 比較検討:選択肢を比べて理由を述べられる
  • 一貫性:説明が大きくブレない
  • 結果の見通し:決定の影響を概ね理解できる(誰に何が渡る等)

実務では「意思能力」という表現が多い一方で、「意思決定能力」という言い方も使われます。当サイトでは 意思能力(意思決定能力) と併記します。

重要なのは、**“その場・その時に、意思形成のプロセスが成立しているか”**です。
年齢や診断名だけで機械的に決まるものではありません。


医師の観点:意思能力を揺らす「落とし穴」

紛争予防で厄介なのは、本人に悪意がなくても、状態が揺れてしまう要因があることです。医師が特に注意するのは、たとえば次のような点です。

1) 体調や疲れによる変動

同じ人でも、体調や疲れで受け答えの明瞭さが変わります。大切な判断ほど、その日の体調・時間帯の影響を受けやすいことがあります。

2) 服薬や睡眠の影響

眠気が強い日や集中が続かない日があると、理解や比較検討が浅くなりやすいことがあります。「普段は大丈夫そうなのに、今日はぼんやりしている」と感じる日がある場合は要注意です。

3) 伝達の問題(聞こえにくい・読みづらい等)

理解していても、聞こえにくさや見えづらさのせいで確認がうまく進まないことがあります。逆に、周囲に合わせてうなずいてしまい、**“分かったことにされる”**リスクが生まれることもあります。

4) 同席者や場の雰囲気の影響

本人が自分の言葉で話しにくい雰囲気だと、意思が十分に表れないことがあります。後から見たときに「誘導だったのでは」と疑われる原因にもなります。


ケース例(匿名の典型例):医師がいると何が変わるか

以下は個別事案ではなく、よくある状況を一般化したものです。

【ケース例1】「普段はしっかり」でも、当日に揺れる(体調変動)

状況(典型)
80代。普段の会話は成立しているが、体調や睡眠によって日によって受け答えが変わる。家族は「今日は元気だから大丈夫」と考え、手続きを進めたくなる。

起きやすい問題(争点)
後から「作成当日に本当に理解できていたのか」が争点になりやすい。普段の印象と当日の状態が一致しない可能性が残る。

医師が関与すると変わる点(紛争予防の実利)

  • 実施日・時間帯を含め、本人が力を発揮しやすい条件を設計できる
  • 「会話ができるか」だけでなく、理解・比較検討・一貫性・見通しを整理して確認できる
  • 後から説明できるよう、どんな条件で意思確認を行ったかを言語化できる

【ケース例2】眠気が強い時期に「いいよ」と言ってしまう(服薬・睡眠の影響)

状況(典型)
痛みや不眠があり、眠気が強い日がある。本人はその場を早く終えたくて「いいよ」と答えるが、前提の理解や比較検討が浅いまま話が進みそうになる。

起きやすい問題(争点)
後から「理解していなかった」「本意ではなかった」と言われ、意思の有効性が疑われやすい。

医師が関与すると変わる点

  • その時点で**確認すべきポイント(理解の深さ)**を明確にできる
  • 状態が整わない日は、無理に進めない判断をしやすい
  • 本人の言葉が出るよう、説明の仕方や進行を組み替えやすい

【ケース例3】聞こえにくさで誤解が起きる(伝達の問題)

状況(典型)
難聴があり、早口だと聞き取れない。本人は合わせてうなずき、周囲は「理解できていない」と焦る。

起きやすい問題(争点)
本当は理解できている部分があるのに、確認の仕方が悪くて「意思能力がない」と扱われたり、逆に“うなずき”だけで進めて「誘導だった」と疑われたりする。

医師が関与すると変わる点

  • ゆっくり話す、要点を短くする等、確認方法を整えて理解を引き出せる
  • 「能力」ではなく「伝達条件」の問題として整理し、誤認を減らせる
  • 後から見ても納得できるよう、確認方法の妥当性を説明できる

医師が関与すると何が変わるか(まとめ)

遺言作成そのものは法律の領域ですが、争点が「本人の能力・意思の自由」に寄りやすい案件では、医師の関与が紛争予防に役立ちます。具体的には次の点が大きいです。

  • 「分かっている/いない」の二択ではなく、能力を要素分解して争点を先に特定できる
  • 本人が力を発揮できる条件(時間帯・説明方法・同席者の工夫など)を整え、意思が表れやすい進め方を設計できる
  • 後から説明できるよう、プロセス(どう確認したか)を言語化できる
  • 同席圧や誘導のリスクを下げ、本人の言葉が出る場の作り方を組み立てやすい

ここでいう医師の関与は、診断や治療をするという意味ではなく、紛争予防の観点から「意思決定が成立する条件整理」と「進め方の設計」を行う、という位置づけです(個別の法的判断は士業の先生の領域です)。


当サービスでできること(何を整理し、何が前に進むか)

当方は、回復期病棟での高齢者・認知症診療および意思決定支援の経験を踏まえ、紛争予防のために次の点を整理します。
(※診断・治療や、法律上の個別助言そのものを行うものではありません。)

  • 意思能力の不安が「どこから来ているか」(体調の変動、服薬や睡眠、伝達の問題、同席者の影響など)の整理
  • 本人の意思が表れやすい面談条件の設計(時間帯、説明方法、同席者の工夫 等)
  • 後から争点になりやすい点の洗い出しと、士業の先生と進めるための情報整理

相談した方が良いサイン(一般的な目安)

次のような状況がある場合は、早めに段取りを組む価値が高いです。

  • 日によって受け答えが大きく変わる
  • 眠気が強い日がある/集中が続かない日がある
  • 聞こえにくさ・読みづらさがあり、確認が噛み合いにくい
  • 家族間に不信があり、後から争点化しそう
  • 特定の同席者の影響が強く、本人が自由に話しにくい

ご相談(対面/オンライン)

当方の対応は以下のとおりです。

  • 対面:京都・大阪近辺を中心に対応
  • オンライン:全国対応(内容により)

「まだ遺言内容が固まっていない」「何が不安なのか整理できていない」という段階でも大丈夫です。状況を伺ったうえで、進め方をご提案します。


注意

本記事は一般的な情報提供であり、医療行為(診断・治療)や法律上の個別助言を行うものではありません。個別の状況により適切な対応は変わります。

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