家族の方へ:遺言づくりは「内容」より先に“手順”で差がつきます——揉めないための作成ステップ(公正証書/自筆の現実も含めて)
「遺言を作れば安心」——そう思って、できるだけ早く形にしたくなる気持ちは自然です。
でも現実には、遺言は**“書けたかどうか”より、“どう作ったか”**で揉めやすさが変わります。
- 家族の関与が強すぎて「誘導では?」と言われる
- その日の体調や薬の影響で「理解していなかったのでは?」が残る
- 公正証書だから安心と思ったのに、後から疑いが育つ
- 自筆で済ませたが、形式や保管で詰む
こうした落とし穴は、内容の善し悪しというより、**手順(条件設計・同席・確認のしかた・記録の残し方)**の問題として起きがちです。
この記事では、家族の方向けに、遺言作成を「揉めない手順」に寄せるための進め方を一般論としてまとめます。
※本稿は一般的な情報提供です。法律上の個別助言を行うものではありません。具体的な文案作成・手続・紛争対応は司法書士・弁護士にご相談ください。医療上の診断・治療を行うものでもありません。
担当医師について(背景)
私は回復期病棟で高齢者診療・認知症診療に従事し、ご本人・ご家族を交えた意思決定支援に携わっています。
臨床では、意思決定は「能力」だけでなく、体調・疲労・睡眠、痛み、薬、不安、難聴などの伝達条件、同席者の影響といった“条件”で揺れることを前提に関わります。
相続・遺言の場面でも、この「条件」が整わないまま進むと、後から**“疑い”が育ちやすい**——これが家族にとって一番きついところです。
1) 最初に押さえる:遺言は「方式選び」で難易度が変わる(ざっくり)
遺言にはいくつか種類がありますが、家族が現実に選ぶのは主に次の2つです。
公正証書遺言(おすすめになりやすい)
- 形式不備で無効になりにくい
- 原本が公証役場に保管され、紛失・改ざんリスクが下がる
- 家族が「遺言が見つからない」を避けやすい
ただし、公正証書でも「その日の確認が弱い」「同席圧が強い」など、疑いの芽が残ると揉めます。
自筆証書遺言(手軽だが落とし穴が多い)
- すぐ書ける反面、形式・保管・発見で失敗しやすい
- 「本人が本当に理解して書いたのか」「誰かに書かされたのでは」が争点化しやすい
- 法務局保管制度で一部リスクは下がるが、内容設計の難しさは残る
迷ったら、一般論としては 公正証書遺言が無難になりやすいです(家族関係・財産内容・本人の状態によります)。
2) 遺言づくりで家族がやりがちな失敗:急いで“結論”を取りに行く
家族が不安になるほど、ついこうなります。
- 「今のうちに書かないと」と焦る
- きょうだい全員で押しかけて“決めさせる空気”になる
- 本人が「任せる」「うん」と言ったのを“同意”と解釈して進める
- 後から説明する材料(条件・確認のしかた)が残っていない
結果として、揉めたときに問われるのは遺言の紙1枚ではなく、
**「どういう場で、どう確認して、本人の言葉はどう出たのか」**というプロセスになります。
3) 医師の視点:遺言づくりは“能力”より“条件”で失敗することがある
家族が見落としやすいのは、次のような条件です。
- 眠い・疲れている(午後〜夕方で崩れる)
- 痛い・苦しい(慢性痛、がん疼痛、関節痛など)
- 不安が強い(「決める」こと自体が怖い)
- 薬で眠気や注意力低下が出ている(睡眠薬、抗不安薬、鎮痛薬など)
- 難聴で説明が入っていない(聞こえたふりが起きる)
- 同席者が多く、空気で「うん」と言ってしまう(同席圧)
この条件だと、本人は
- 「任せる」「どうでもいい」
- 「うん(同意っぽい返事)」
が増えます。
これを「意思表示が取れた」と受け取って進めると、後から「怖くて適当に返事しただけ」「よく分からなかった」が出たとき、家族が詰みます。
詰むのは“内容”ではなく、手順が説明できないことです。
4) 家族向け:遺言を作成する手順(揉めない順番)
ここからが実務の「順番」です。結論を急がず、段取りを作ります。
Step 1:まず“関係者”の棚卸し(ここを飛ばすと荒れます)
- 推定相続人は誰か(配偶者・子・代襲など)
- 連絡が取れない人/関係が悪い人はいるか
- 介護・支援の実態(誰が何を担ってきたか)
※この段階で「家族内で揉めそうか」を見立てます。揉めそうなら、後述の同席設計が重要になります。
Step 2:財産と“困りごと”を棚卸し(ざっくりでOK)
- 不動産(自宅、共有名義、収益物件)
- 預金・証券・保険
- 借金・保証・連帯保証
- 事業(株、事業用資産)
- 「家に誰が住むのか」「墓・仏壇」など、実務の火種
ここで大事なのは、完璧な一覧表ではなく、揉めるポイントがどこかを掴むことです。
Step 3:方式を選ぶ(迷ったら“公正証書”に寄せて検討)
- 不動産がある
- きょうだい関係が悪い/偏りが出る
- 本人の体調や理解に波がある
- 「誘導」を疑われそう
こういう条件があるほど、一般論としては公正証書を軸に検討する場面が増えます。
Step 4:いちばん重要——当日の“条件”を先に決める(同席圧・伝達条件)
遺言は「当日に書けば終わり」ではなく、当日を成立させる設計が必要です。
- 時間帯:本人が最も安定する時間(午前など)
- 区切り:30分×複数回など短く切る(疲労で崩れるのを避ける)
- 同席者:原則「最小限」。声の大きい人がいるほど絞る
- 伝達条件:補聴器・眼鏡・席順・資料の文字サイズ
- 体調要因:睡眠、痛み、排泄、空腹、発熱、不安の強さ
- 薬の影響:眠気が強い時間帯を避ける/頓服後は避ける等(主治医に確認が必要なこともあります)
ここを整えると、本人の言葉が出やすくなり、後からの疑いも減ります。
Step 5:専門家(司法書士・弁護士等)に“文案と手続”を乗せる
家族だけで抱え込むと、遺留分や名義の問題など「知らない地雷」を踏みます。
文案・必要書類・段取りは、早めに専門家へ。
Step 6:最後に効くのは「プロセスを残す」(短くでいい)
後から一番効くのはこれです。
- どんな条件で(時間帯・同席・体調など)
- どう確認したか(本人の言葉/理解確認のしかた)
を、短くてもいいので整理して残す。
これは「争うため」ではなく、争わないための保険です。
5) ケース例(匿名の典型):家族が良かれと思って進め、後から燃える
※個別事案ではなく、よくある状況を一般化したものです。
【状況(典型)】
家族が段取りを主導し、公正証書遺言を作った。本人は当日「うん」「任せる」で進んだ。家族は「公証人が入っているし安心」と思った。
【後から起きること】
一部の相続人が「誘導では」「理解していなかったのでは」と言い出す。
争点は内容から、同席・説明・当日の状態へ移り、家族が分裂する。
【ポイント】
公正証書であっても、条件設計と確認のしかたが弱いと、疑いは消えません。
6) 早めの準備が効く理由:揉める前なら“芽”を潰せる
遺言で揉める可能性を100%消すことはできません。
でも、揉めにくくすることはできます。
家族がやるべきは「結論を急ぐ」ことではなく、
条件と手順を整えて、説明可能な形で進めることです。
- その日を選ぶ(時間帯・区切り)
- 同席を設計する(同席圧を下げる)
- 伝達条件を整える(難聴・不安・薬・疲労)
- プロセスを残す(短くでいい)
ここを押さえるだけで、後の世界がかなり変わります。
当室が担えること(家族向け)
当室では診断や治療、法律判断は行いません。
紛争予防の観点から、**「意思が表れやすい条件整理」と「面談整理(情報整理・文書化)」**を行います。
- 体調・睡眠・痛み・薬・不安、難聴などの伝達条件、同席圧を含めた“条件整理”
- 本人の言葉が出やすい面談条件の設計(時間帯、区切り、同席設計)
- 後から説明可能な形での面談整理(情報整理・文書化)
※具体的な遺言の文案や法的手続は、司法書士・弁護士等の専門家にご相談ください。
まずは書面での事前スクリーニング(おすすめ)
「まず論点と条件だけ短く整理したい」という場合は、書面完結の事前スクリーニングをご利用いただけます。
(納品:A4 1〜2枚PDF/標準5営業日)
家族の方:お問い合わせ(家族)
ご相談(対面/オンライン)
当方の対応は以下のとおりです。
- 対面:京都・大阪近辺を中心に対応
- オンライン:全国対応(内容により)
「まだ遺言内容が固まっていない」「何が不安なのか整理できていない」という段階でも大丈夫です。状況を伺ったうえで、進め方をご提案します。
- 家族の方:お問い合わせ(家族)
- 司法書士・専門家の方:お問い合わせ(司法書士・専門家の方)
注意
本記事は一般的な情報提供であり、医療行為(診断・治療)や法律上の個別助言を行うものではありません。個別の状況により適切な対応は変わります。
著者情報
回復期病棟で高齢者・認知症診療に従事する医師。生活に直結する意思決定支援の経験を踏まえ、相続・遺言の場面で「意思が表れる条件整理」と「面談整理(紛争予防のための情報整理)」を行う。著者情報はこちら
